好み

食堂での昼食を終えて自室に戻ったユーベルは、ドアを閉めるなり両手で顔を覆って床にへたりこんだ。
原因はもちろん、書庫でちょっとした悪戯を仕掛けてきたクリスのことだった。
あのあと、昼食をとる時間までずっとついて回られて、食事中も妙に視線が絡みついてくる気がしてさっぱり味がわからなかった。
かと言ってこちらからクリスを見ると、うまいこと他の場所を見ているから注意も出来なかったのだ。
もしかして毎日これが続くのかと思うと窮屈で堪らない。

「参った…どうしよう」

どうしようもない、というのが結論としてチラつく。
ヒルダなら相談には乗ってくれる気がする。
解決するかどうかは別として。
人に話せば少しは気が楽になるかもしれない、と膝に頭を乗せて考え込んでいたら、背後のドアが開きかけて背中にドンとぶつかった。
クリスがここまで追ってきたのかと勘繰って、心臓がぎゅっと縮み上がる。

「――、」

「…開いてますよ、どうぞ」

外の人物が何かしら呟くのが聞こえた。
内容までは耳に届かなかったものの、ユーベルは慌てて立ち上がり、誰が来てもいいように愛想笑いを作った。

「あっれ、なんか引っ掛かるもんあったっけ?」

不思議そうにドアを眺めながら入ってきたのはアルだった。
彼の姿を認めた途端、ユーベルの愛想笑いは消えていた。
なんだろう、この安堵感は。
ほっとして肩から力が抜けていく。

「…ふぅ、なんだ。猫さんか」

「なんだってなんだよ、失礼だな」

「うんごめん、早く閉めて」

「…?」

念のために急いで、アルの身体越しにドアに手を突いて乱暴に閉めた。
ガチャンと音を立てたドアとユーベルの間に、アルが挟まる。

「お、おぉ…どうした? 具合でも悪いのか」

戸惑うアルが顔を覗き込もうとする。
今はどうにも明るい表情を作る気分にはなれず、ユーベルは彼の肩にトンと額を預けてそれを阻止した。

「…うん、ちょっと」

アルの息遣いが間近で感じられて、なんだか安心する。
目を閉じてそれだけ答えて黙っていると、困ってさまよっていたであろうアルの手が背中にそっと添えられて、ゆっくりとさすり始めた。

「なんだ、珍しいなー。よーしよしよし」

「…ふふ、子供じゃないんだから」

「また風邪か? 変なもんでも食ったか」

心配して撫でてくれるアルの手が温かい。
心地良くて、つい何もかも打ち明けて寄り掛かりそうになる。
クリスも、自分といる時はこんな気持ちなんだろうか。
そう考えるユーベルの胸を、応えられない罪悪感が棘となってチクチクと刺す。