古傷

しかしすぐに額を押さえる。

「あー、やっぱなしなし。今の無し」

「…? 何かあるんですか?」

「ううん、独り言。なんでもないよ」

クリスが掘り下げようとすると、ユーベルはにっこりと笑って誤魔化そうとした。

「えぇー、今の独り言こそ無しですよ。気にならない方がどうかしてます」

「あはは…だよね…」

責められたユーベルが、珈琲を一口飲んだ。
一息ついてから、観念して口を開く。

「ブレグロントに…送ろうかなって。一瞬ね、一瞬思っただけ」

「ブレグロントですか。故郷ですよね、確か。」

「ん…まぁ、そうだね」

どことなく敬遠していそうな雰囲気を感じて、クリスはユーベルをじっと見た。
目が合って、珍しくユーベルの方が気まずそうに先に逸らす。

「…最近帰ってないから、顔を見せに来いってしつこく言われてるんだよね。行かなきゃとは思ってるんだけど」

「それなら丁度いい機会じゃないですか。」

「んー、うーん…」

ユーベルがまた腕を組んで悩む。
難しい顔で考えているということは、何かがあるのだろう。
故郷がないクリスには、わからない悩みだった。
二人が頭を悩ませていると、年中お気楽そうなアルが食堂に入って来た。
夕食前の一服と称して、濃いめの珈琲を自作して勝手に同じテーブルにつく。

「何してんの? 二人揃って」

悩みなんてなさそうでいいなと思ったクリスが毒を吐く。

「人望のないあなたには、わからない相談です」

「相変わらず口悪いなお前…」

顔を合わせるとすぐにピリつく二人の間に、ユーベルが割って入った。

「はいはい。クリスしっ。チョコレートをどうするかって相談。クリスは甘い物が苦手だからね」

ユーベルに言われると素直に従うクリスには、まだ可愛げがあった。
無いのは、アルの方だ。

「うっわ嫌味か、二人そろって嫌味か! 人望がないんじゃない、みんなが俺を見る目がないんだよ」

「う、うん…?」

それはつまり、人望がないと言えるのでは?と混乱したユーベルが首を傾げる。
呆れたクリスが鼻で笑って、ここぞとばかりに責める。

「人望があったら、チョコレートがたったひとつということは無いのでは」

「うるせぇ! 量より質だろ!」

「ふん、ヒルダ様からは僕も貰ってます」

また始まった、と頭を押さえたユーベルは、いがみ合う二人を止めるのも面倒になって、そっと席を立った。