猫の迷い-前編-

ふわりと包み込むようなハーブの香りが、ティーカップから漂う。
立ち上る湯気が温かさを伴って、気持ちを落ち着けてくれる。
二人はテーブルを挟んで、煎れたてのハーブティーを手に向かい合っていた。

「…どうしてほしい?」

ユーベルが話の口火を切る。

「虫のいいこと言うとな。…俺は、今まで通りで居たい」

「うん…。それは、いいんだけど。別に、怒ってるわけじゃないし。そうじゃなくて…」

続きを言い淀んだユーベルが、カップの中にティースプーンを突っ込んで、カチャカチャと掻き回す。
暫くそうして、くるくると渦を巻く金色の水面を眺めながら、ぼそぼそと続けた。

「その、せ…性欲の、ことだけど」

「あぁ、なんだ…そんなの躊躇ってたのか」

あまりに溜めてから言うもんだから、てっきり別れ話にでもなるのかとアルは身構えていた。
そうならずにほっとして、肩から力が抜けていく。

「言われなきゃ気付かないのに、なんで自己申告なんてしたの?」

「…お前に隠し事したまま触れられないと思ったら、罪悪感で眠れなくて…」

「何それ…。朝から変だったから、今日一日ものすごく不安だったんだよ」

「…ごめん」

再びカップの中をくるくるとかき混ぜるユーベルが続ける。

「…その、次から言わなくていいから。こっそり済ませる分にはまぁ…仕方ないこと…だし。ただ、あんまり知りたくない…かな、と…」

何かしていないと落ち着いて話せないユーベルの手が、アルに握られて止まった。
顔を上げたユーベルの視線とぶつかった琥珀色の瞳は、気まずそうにしながらも熱を持って見つめていた。

「あのさ…本当は、お前に相手してもらいたいんだ」

手から渦に攫われたスプーンが、チリチリと音を立てて離れて行く。

「それは…」

ユーベルが俯き加減で答える。

「全部合わせなくていい。無理はしなくていいんだ。だから、時々…相手してほしい」

アルが握った手を撫でながら伝えると、ユーベルは困ったように頭を掻いた。

「っ…そんなこと。お願いされると、ハードルが上がるんですけど…」

「あ…た、確かに、そうだな」

「それに猫さんが期待するような」

そこまで言って、言葉が止まる。
なんだ?とアルが見つめて待っていると、徐々にユーベルの顔が赤くなっていく。

「…な、なんでもない」

「いやすっごい気になる! 何? 何言おうとしたの!?」

「うるさいなー。もう寝よ、遅くなったし」

「えぇー、なんだよ最後の…気になって眠れねーよ」

ぶつぶつと文句を零すアルの頭を、先に立ち上がったユーベルが、幾分か軽くなった面持ちで撫でた。

「明日からまた、よろしくね」

「…うん、俺の方こそ、よろしくな」

今日の最後に仲直りをして、アルにとって非常に長い一日がやっと終わりを告げたのだった。

これも性欲に振り回された結果のひとつ。

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