猫の迷い-前編-

翌朝、起き上がったユーベルは寝ぼけながら伸びをして、ぎょっとした。
それはもう一瞬で目が覚めた。

「うおっ…お、おはよう…?」

「おはよう」

「…ていうか、寝た?」

理由は、ソファーからじーっとこっちを見ていたアルが、どんよりと暗雲を背負って、あまりにも酷い顔色で居たからだった。

「…ごめん」

「え…?」

そしてその土気色のアルが、唐突に頭を下げる。
意味がわからない。

「とにかく、ごめん」

「いや…いやいやいや、わからない。何? どうしたの?」

アルが頭を下げたまま、一向に顔を上げようとしない。
そして理由もわからず謝られても困る。
困ったところで、ユーベルは気付いてしまった。
言いにくくて、ただ謝るしかないことといえば。

「そう…もう飽きちゃった?」

ムラっ気の多い自由な人だから、いつかはそんなこともあるかもしれないと心の隅で思ったこともあったが、まさか…

「いやいやいや違う違う違う! そうじゃない! 飽きるか馬鹿!」

ユーベルが闇堕ちする寸前でアルが全力で否定した。
危ういところだった。

「お、おう、ごめん…じゃあ何…ていうか、支度していいかな?」

「あ、はい、どうぞ…」

アルのことも非常に気になるが、聖堂のことをおざなりにする訳にもいかない。
ベッドを直したり顔を洗ったりなんだりと忙しく動き回るユーベルが、落ち込んだ様子で膝を抱えるアルに声をかける。

「昨日サボったこと?」

「違う」

「違うんだ…そこは違わなくてもいいのに」

苦笑いして、聖服に袖を通す。
昨日注意された襟元をしっかり閉めたところで、ようやくユーベルはアルの隣に腰掛けた。
じっと見ても、アルからの視線は返って来ない。

「何かあったの?」

「…んー…」

「もう。言わないまま許したとして、猫さんは納得できるの?」

「…出来ない」

「えぇー…じゃあ私が出来ることはもうないよ…」

ユーベルの苦悩はもっともだ。
そしてアルが言い出せないのも、もっともだった。
いくら寛大なユーベルとはいえ、流石に信頼関係に亀裂が生じるレベルの内容だ。
アルがいつまでも言い淀んでいると、時計を見たユーベルが腰を上げた。

「ごめんね、行かなきゃ」

「あぁ、待って」

アルが、ユーベルの聖服の裾を掴んだ。
立ち止まったユーベルがその場に屈んで目の高さを合わせる。
澄んだ青い瞳が、曇った猫の瞳を射抜く。

「なに?」

「…あとで、時間くれ」

「…わかった」

アルがやっとそれだけ言うと、立ち上がったユーベルは彼の頭にポンと手を置いた。

「少し寝ておきなよ、ベッド使っていいから」

それから少しだけ撫でて、ユーベルは部屋を出て行った。