貴婦人の集い

送り出された私は、あまり人が立ち入らない書庫に恐る恐る入った。
同じ理由を駆使してお祈りをしてもらおうと考えた手前、ユーベルと一緒に居られては都合が悪くて、一人になる瞬間を狙っていたらこの書庫だったのだ。
一度経験したことで気が軽くなったとはいえ、今度の相手はプレッシャーが強かった。

「失礼しまーす…」

静まり返っている室内にひそひそと声を掛ける。
当たり前だが返事はなく、薄暗い本棚の間をゆっくり歩いて行くと、持ち出した聖書を棚に戻すクリスが居た。

「あの…こんにちは」

「!?」

不意に声を掛けたものだから、クリスの肩がビクッと跳ねた。
無駄に驚かせてしまったせいで、振り返ったその顔は明らかに怪訝な表情をしていた。

「あぁぅあ…ごめんなさい、驚かせるつもりじゃなかったんです」

「…では、どんなつもりですか?」

怖い。
ただでさえ人間離れした白さで近寄り難い雰囲気を持っているのに、細められた眼差しが鋭く刺さって足が竦む。
それでも仕事熱心な人ではあるから、頼んでしまえばこっちのもんだと踏んで、思い切って声を上げた。

「クリス様に! お祈りをして頂きたくて声を掛けました!」

緊張のあまり思っていたより大きい声が出た。
今更口を押さえても、再び肩を跳ねさせて溜め息を零すクリスの機嫌は戻らない。

「そんなに大声を出さなくても聞こえます。何のですか」

端正な顔立ちなのは私でもわかる。
美しいって、こういうことなんだなと。
でもそのせいで、今はガラス細工のように冷たく感じる。
痛いほど縮み上がる心臓に心が折れそうになって、俯いて呟くことしか出来ない。

「う…、その、今度…司祭の試験を受けるので、…それで」

言い終えると、再び部屋の中が静まり返った。
もうだめだ、無かったことにして走って逃げよう。
あと三つ数えたら、ごめんなさいって謝って、それで…と数を数え始めたところで、クリスがふっと笑った。
俄には信じ難くて、目を丸くして顔を上げる。

「そんなに怯えないでください。驚いて、不機嫌になったのは認めます。すみませんでした」

「あ…いえ…」

戸惑っていると、クリスは窓際にあった椅子を持って、私の前に置いてくれた。

「掛けてください」

「は、はい」

急に態度が変わったことに動揺しつつ、言われるがまま椅子に座った。
それから、目を閉じて手を組んで、と指示に従ってお祈りの姿勢に入る。
祈りの口上が耳を撫でるような低い声で奏でられて、なんだか妙に心地よかった。

「汝の行く末に、祝福を」

最後に、額に手が添えられる。
それから同じ場所に唇が寄せられて、触れることなく離れていった。
あぁそうなんだ、人によって違うんだ、と知った瞬間だった。

「どうぞ、目を開けて」

ゆっくり瞼を上げると、先程までとは別人のように柔らかな表情をしたクリスが居た。
元がいいのもあって、不覚にも目が釘付けになる。
私が言葉を忘れていると、クリスの方が気まずそうに咳払いをした。

「もう終わりましたよ。まだ何かありますか?」

「あ…い、いえ。…その、急に優しい目をなされたので、見とれてしまいました」

どうせ言われ慣れてるだろうし、と思って正直に伝えると、クリスは短く笑って背を向けた。
照れているのだろうか、顔が見えないのでわからない。

「少し、懐かしくなったんです。自分の試験のことを思い出して。…もういいでしょう、行きなさい」

振り返ることのないクリスの背中に、顔を見るのは諦めてお辞儀をする。

「…ありがとうございました、クリス様」

「はい。大切な人に、良い結果を伝えられるといいですね」

そう言って送り出してくれたクリスの人柄が良くわからないまま、私は書庫を出た。