進展

沈んだ顔でテーブルにつくユーベルの前に、紅茶のカップがそっと置かれた。
たっぷりのミルクで柔らかな色をしていて、ふくよかな香りが気持ちをほぐしてくれる。

「…ありがとう」

「飲んで落ち着こうぜ。…その、もうしないから」

苦笑い、というか、愛想笑いを互いに浮かべて、アルの淹れた紅茶に口を付けた。
まとわりつくような甘さに驚いたユーベルは、思わずアルを見た。

「甘っ…」

作った本人は当たり前のように飲んでいた。
そうだ、甘い物が好きだったと思い出しながら、揺れる水面に目を戻すと、もう一度、口に含んでみる。

「…ふふ、甘すぎるよ」

「そうか?」

不思議と肩の力が抜けた。
自然に浮かんだ笑みに抗うことなく笑うと、アルもほっとしたようで、空気が和らぐのがわかる。

「ごめんね」

「ん?」

「さっきの」

「あぁ…」

気にしていないふりをしてくれているが、しなやかな尻尾がゆったりと揺れている。
何かを思案しているときに、この動きをすることをユーベルは知っていた。
のらりくらりとキス以上の触れ合いを先延ばしにしてきたものの、恋人である以上、いつかは超えなければならない壁がある。
あまり話したいことではないが、アルの不安を取り除くためにも、正直に打ち明けるなら今がいいと決めたユーベルは、ゆっくり深く息を吐いた。

「あの…、ああいう…、…の、ちょっと怖くて 」

カップを握る手が震えるのを、膝に降ろして隠す。
鮮明に甦ろうとする記憶に蓋ができず、顔が見えないように俯いて、重い口を他人事のようにこじ開ける。

「…、悪戯されたことが、あって」

「…は!?」

「あっ、あのっ、昔だから! それに、そこまで酷いものじゃない…から…」

再び、沈黙が落ちた。
誰よりも、知られたくない人。
でも、誰よりも、触れ合いたいと思える人。
アルがどんな顔で聞いているのかが怖くて、顔が上げられない。
ティーカップを置いて側に来るのが音でわかって、緊張で目を閉じた。
すると椅子の背もたれごと後ろから抱き締められて、反射的にギクリと身体が強ばった。

「…酷くない悪戯なんかあるかよ。そりゃ、そんなの人に言えないよな。…知らないとはいえ、調子に乗って悪かった」

アルに謝って欲しいわけじゃないのに、そうさせる自分が情けなかった。
抵抗できなかった当時の幼い自分も含めて。

「ううん、猫さんはなにも悪くない。大丈夫だと思ってたんだけど…覚悟、できてなかったみたい。ごめんなさい」

アルの腕に力がこもるのがわかった。
椅子に背中が押し付けられて、痛い。

「お前こそ、もう謝るなって。俺がどうしたらいいか、わからなくなるだろ…馬鹿だな」

アルの優しさが沁みる。
こんな話をしたら、汚らわしいと軽蔑されるか、男のくせにと笑われて、面白がって酷い扱いを受けるのではと今まで誰にも言えず、話す必要がないように、誰かと深い仲になることもなく過ごしてきたユーベルの胸に、アルがどうしたらいいかわからないなりに慰めようとしてくれる優しさが、じんわりと温かく染み込んだ。
愛しさのような、感謝にも似たその気持ちを表したくて、ユーベルは回された腕に手を添わせて、こつんと頭を預けた。

「…ふふ、ありがとう。…そういうところ、大好きだよ」

元気が出てきたことを伝えるために笑ってみせると、後ろから「ずりぃな…」と呟くのが聞こえてきた。