クリスの恋
「ほらほら二人とも、喉も乾いたでしょ。何がいい? 紅茶? ミルクかい?」
落ち着いて顔を洗ったクリスと、本を片付けたユーベルは、ヒルダの部屋のソファーに並んで座っていた。
お茶を入れてきたヒルダが向かいに座って、ティーカップを二人に配る。
「ありがとうございます、ヒルダ様」
「えぇえぇ、どうぞ、お飲みなさいユーベル」
ユーベルと呼ばれたのを耳にしたクリスは、そういえばそんな名前だったなとぼんやり考えていた。
「クリスも、お飲みなさい」
「…はい」
ヒルダがくれた紅茶のカップが温かい。
立ち上る湯気からふわりといい香りがして、なんだか落ち着く。
口元に傾けて一口飲みながら、クリスは前髪の隙間からほんの少しだけ彼を覗き見た。
間近ではっきり見たのはこれが初めてで、柔らかそうな頬が思っていたより幼くてびっくりした。
さっき、抱き締められていた時はもっと、依存してしまいそうな包容力があった。
とくん、とくんと、彼の心音が心地よくて、紅茶よりもずっと温かかったから、もっと年上だと思ってた。
「落ち着きましたか?」
「……っ」
そんなことを考えていて急に声を掛けられたものだから、クリスはビクリと肩を跳ねさせた。
なんとか返事を返そうとこくこくと頷いて、たどたどしく言葉を繋ぐ。
「…あ、あの、…さっき、は、…ごめん…なさい」
長いこと会話らしい会話をしたことがないクリスが初めて自ら紡いだ掠れ声に、ヒルダからほっと溜息が零れる。
「私の方こそ、ぶつかってごめんなさい。…それより、君に会えてよかった」
「…ぼくに…?」
意外な言葉に驚くクリスに、噂だけ耳にして一度も見かけないから気になっていたと、ユーベルは打ち明けた。
さりげなく、噂の内容には触れずに。
「歳も近いし、友達になれたらいいなって」
「っ…友、達…」
返事に迷っているクリスが手遊びを始める。
それを見ていたヒルダがくすっと笑う。
「クリスは、いいよ、ですって」
「——! い、言って、ない…!」
「ほっほっ。仲良くなさいね、二人とも」
何か言いたげなクリスを置いて、ヒルダとユーベルが和やかに笑い合う。
このまま何も言わずにいたら、これまでの人生から何かが一変してしまいそうで、クリスは不安で押し潰されそうだった。
そんな心中を察したのか、ユーベルが不意に手を握ってきて、人肌の温度に不慣れなクリスの頭は余計に混乱した。
「よろしくね、クリス」
「ぅ…は、はい…ユーベルさま…」
「さ、さま…!? さまなんて要らないよ!」
「おやおや、ほっほっほっ」
幼少の頃より愛情や温もりを知らずにいたクリスは、自分が人の体温に弱いのだと、この短時間でまざまざと思い知らされた。
そしてこの時の記憶が拠り所となるのはなんとなく予感していて、大事に大事に胸の奥にしまい込んだのだった。