猫の迷い-前編-

時計の秒針が時を刻む。
その音がやけに大きく部屋に響く。
どれくらい経ったのか、或いは一分も経っていないのか、嫌に長く感じる沈黙の時間が、ユーベルの疑問で破られた。

「どういう意味?」

探るように発せられたその声は低く落ち着いていて、アルは頭を下げたまま、緊張で息を飲んだ。

「…そのまんまの意味です」

「…ごめん、よくわからない。とりあえず、頭上げて」

ユーベルに言われるがまま、アルはおずおずと頭を上げた。
盗み見るようにユーベルの顔を確認すると、怪訝な表情をした眉に悲しみが滲んでいて、とても目を合わせられなかった。

「浮気ね…どうしてまた?」

「うん…。その…」

アルは、自分の体質を詳らかに説明した。
恥じつつ、そんな場合じゃないと半ば開き直って、己でも手を焼いている性欲のことを正直に。
それから、その捌け口として女性を抱いたことまで伝えて、また頭を下げた。

「ごめん、お前が居るのに…裏切るようなことして」

「……頭、上げてよ」

ユーベルが、テーブルに肘をついて額を押さえた。
床に座るアルからは顔が隠されて、口元しか表情を読み取ることが出来ない。

「うーん、参ったな…こういう時、どうすればいいんだろうね」

「…怒るんじゃないか、普通」

「ねぇ猫さん、今回のことは、半分は私のせいだってわかってて言ってる?」

「え? …なんでそうなるんだよ」

アルの疑問に、ユーベルが自嘲するのが見えた。
それから席を立った彼は、目の前にしゃがみ込んで、小さく溜め息を零した。

「私が女だったら、良かったのにね」

そう言って悲しげに瞳が揺らいだ。
女だったら、もっと簡単に応えられたのに。
女だったら、こそこそと隠れる必要もないのに。
女だったら、恋人のその先も、望めたのに。
たった一言に、身体のこと、関係のこと、将来性、あらゆる要素が内包される。